手前味噌なタイトル、冒頭からどうもすみません。
(本日ハピわくサークル保護者数名は、バスツアーの下見に行ってくれているので、試験勉強で躍起になっている私が、このような記事をアップしている場合ではないので恐縮です……★)
☝️これは、今年度8月版東松山市報の掲載記事です。
ですが当時、他の記事(昨年起きたイジメによる少年犯罪についての対策)に意識?を奪われていたので、この記事に全く気づかずにいました。……が、先週またしても「これ」が市長のお顔&記事として回覧板で回り、再認識するに至りました。
昨今「なにはともあれ、ネット検索」の時代。
「はて?住みよさランキングって……」とググってみると、
☝️こんな指標が出てきました。(ごく最近も、TVニュースで東松山市の殺人事件が報道されていました★)
第1位=トップの千葉県印西市には申し訳ないですが、耳慣れするほど有名都市が並ぶランキングではないのかな?との印象が。
ですが……人(=十人十色)の充実度は、上記のような価値判断が妥当なのかもしれません。(この記事全文は、あくまでも私個人の見解ですのでご勘弁ください。)
まま私の気になるところは「障がい者への対応」なので、失礼ながらランキング上位の行政ホームページを拝読させていただきました。が、上位4位までのトップページのタイトルに表立った「障がい者」項目は無く(福祉先進国では「当たり前」なので、わざわざ揚げない場合もゆうに考えられますが★ 日本では逆に、市町村行政のトップページに謳わざるを得ないのが実状ですからね)、5位のトップページでは、その対応度は充実している気配もありましたが、依然として「障“害”者」👈表記でした。(もし?国際的な場で、日本人が日常的に使用する“害”の持つ本当の意味がバレたら、「外国」の人たちの印象はどう映るでしょうかね?)
……どこかのテレビCM「ことばと生きていく」フレーズがありましたが、「ことば」=文字表記は、市町村行政ホームページの顔であり、その表情からうかがえる価値判断の基準が、またその行政トップの思いも如実に現れてくるように思われます。そこに、いろんな背景が鮮明に、且つ浮き彫りに。
……私としては、そういう部分の、=問題にならないこと自体が、実は「根本的大きな要因」ではないのかな?と。
唐突で恐縮ですが、私自身は生まれながらに「心の世界」で育ってきたので、個々人の心的背景を重んじる(=他人の気持ちに寄り添ったり配慮したりする)ことが当たり前でしたし、またその人の思いの底(=根底)を、わざわざ触ったり、のぞいたりする真似は、逆に大変失礼なことだと戒めてきました。
……ですが現在、この時代は、いったいどうなってしまっているのでしょうか。(失礼しますよ★ そのお耳、ご注意ください。)
他人の心の根底どころか、ひとの気持ち&心なんか見て見ぬフリの「無視虫」か?
今も懸命に生きようとしている個々の「人命」👈これ、大事な大事な当たり前に賦与されている「人権」ですよ。それをいともあっさり「奪う立場の人間」がそこかしこと出てくるこの不始末。あゝ、世も末。
私の心情としては、「誰が産んだ子どもも同じ我が子に感じる」し、だからと言って、他人の子どもにおせっかいするのは非常識だと思ってきましたが、それでも、時に我が子と同じように「思いっきり叱る」こともしてきました。
昨日ハピわくメンバーの保護者から、「こすぎさんは、『ママ友』じゃなくなっていて、上から目線でものを言ってくる(だから、そっちの方が問題よ!!)」と言われているそうです。……これも「他人は鏡です」からね。
これは、同じ“様”として「問題意識を他人にすり替えて見ている」ことを証明する内容であり、そういう部分に関しては得てして「自分勝手」=自由自在に考えられるのが「心の世界」(👈これも当たり前の話)。
ほんじゃ、心の世界で「上から目線」ってどういう意味??という質問が上がることになろうかと。
それさえも、お互い様なんですよね★でもね、どちらも「同じ見方(=考え方、捉え方)をしている」とは限らない。それが味噌。……より「包括的な部分からの視点」が、その答えとして、今「誰もが心の世界を知る必要がある」という、重要な切迫した時期に来ていると感じています。
ハピわくブログでもお詫びしましたが、私自身は、障がいを持つハピわく全メンバーたちの保護者だと思って活動してきました。局長いわやさんからは、活動メンバーを「職員と思っています」と、なんともありがたいお言葉をいただいてきました。
が、時にメンバーの保護者に、それと反する気持ちを受け取ることもしばしばでした。
私はぶっちゃけ、「イジメ」なんかは問題外に感じるほど「差別が大嫌い」です。でも「区別」は当然必要ですよね。
「あのママは、嫌いだから(仲間に入れないで)」という意見にも、当初は耳を傾けていました。そういう世間のニーズに合わせることも必要灰汁なのかもしれないな〜?との思いから。が、今年からは、そんな予断は許せない状況をひしひしと感じています。
しかし、現実はどんどん悲惨な状況を生み出し、膿み出しせにゃならん事態に発展し、第三次世界大戦?そんな冗談に近い話題が飛び出す昨今。
どんなに大きな問題も、まずは「自分の足元から」の最初の第一歩を踏み出す勇気が必要でした。……私は、ひとつずつしか、今日一日という一歩の形でしか歩けません。
私が感じてきた障がい者差別の問題は、ハピわく本来の活動からは反していると思います。「障がい者」と「差別」は別問題かもしれないので。
ですが、心の世界では、すべてが根っこでつながっていると実感がもともとあります。
人間の根底に在る、根強くはびこる「いじめ」を、助長する考え方の気配は、背後から襲ってきて「闇社会」化させてしまっているようです。
もういつまでも黙って、根っ子として潜んでいるだけでは立ち行かない事態になって。
ハピわく保護者全体の問題として、そんなことにも言及してほしいです。
先ずは、自分たちの中にある「わだかまり」(👈私は、今までずーっとゴミ溜めや掃き溜めにされ、スッキリされるだけの関わり方に、既に嫌気が刺しています。この世ではずーっとそんな修行をさせられ、女性性の心の掃除をし続けてきました。でももう飽き秋)や、互いに「無視虫」する作戦も、この辺でお互い様に目を逸らさないで、晒していってほしいです。それができる保護者たちだと、心で繋がれる本当の意味の同志になれる人たちだと、私自身は勝手に思って見てきました。なので、私の方では一足お先に我慢せずにぶっちゃけることにしました。(👈卑怯な手=「一歩引いて」ですが★)
ハピわく活動を最初から支えてくれてきたサポーターたちは、半数以上が「不肖私との勉強会」を実践してきた、いわば私の同志たちです。どうしても彼女たちへの言動が、上から目線で出てしまっていたのも正直否めません。それでも、自分たちの中の「差別」や「無視虫」問題を解消するよう導かれていると思わざるを得ません。きっと解決できるはずです、ハピわく保護者会のみんななら。(そのために、定例会を一部「保護者会」に変更させてきましたからね★「土壌」としての地ならしは既にスタンバイ・OKです。ちなみに、「チームほのか」として、勉強会からサポーターたちを編成させていただくつもりです。その人たちも、自分たちの思いを、銘々がはっきりさせて、実践していってください。互いの心の中を、とにかく「明るくしていく」ために☆彡)
ご武運を祈ります。
(これにて試験が終わるまで、このブログは閉店ガラガラにさせていただきますね★あしからず。) H29.10.11 16:55