シリウスから来た女part 2&0次元からの真理の仕組み&ハピわくサークル

見得ない世界で横行する事実関係の説明がつかない「スピリチュアル詐欺ビジネス」。 見た目の華やかさから足を踏み入れてしまったばっかりに、各スピ教祖の利己満妄想スピの呪縛から、本物の霊的世界の様相を知り、みんなが真心から繋がって生きていくためのサークルです。

ハピわくサークルでは、「子どもと大人が安心して支え合える地域社会」を目指しています。 ひとりとひとり、みんながみんな、お互いがそれぞれで心豊かに生きられる、そんな色とりどりな工夫をご一緒にしていきませんか?

3-9⑴-3)大川隆法ハッタリ君[太陽の法:6高次元の宇宙]

注:前回の続きです。以下【 】内が「太陽の法」からの原文、(青字)が私の解説等です。では。

【6高次元の宇宙 (前回記事で「肢体不自由」と記した箇所があり、確認したつもりでいましたが、どういう訳か「肢」が「死」になり変わっていましたので、で訂正してあります。大変失礼いたしました。)

 八次元になると、縦、横、高さ、時間、精神、神知識、利他の七つの要素に、慈悲が加わります。慈悲とは、与える気持ちです。高位にある者が、おしみなく、わけへだてなく、与えつづける気持ち、これが、慈悲です。七次元世界の愛を「与える愛」だとするならば、八次元世界の愛は、もっと高次の愛、すなわち、「与え続ける愛」「無限の愛」だといえます。(まただ。「利他」の次が「慈悲」だって。耳障りの良い言葉を使えば「騙せる」ってか。それらは感覚的な“モノ”であって、本来「各々の次元」を説明するには、次元的象徴及び事象として成立する、つまり起因する“モノ”や“事”を指し示せて、ようやく「次元の説明」が適う訳でしょうが。こいつ、本当に「物事の発祥」=「縁起」の根本原理を知らねえ、ど素人だな。虚偽野郎、お前なんか、地獄に落ちて当然だわ。純情青年なのか?と思って、最初は少し情状酌量してやろうかと、ここで文字起こしを始めてみたが、それももう無駄に思える。ここまでの文章を読んだだけでも「ハッタリかましの詐欺ヤロウ」だわ。

しかし真摯にこれをお読みいただける方々には大変失礼なので、一応「八次元世界」の解説をお示しさせていただきますね。

その前に「七次元世界」のシンボルから。それは「四角錐」です。ピラミッドパワーがそれを示しているかと思われます。が、効能?としては「光を集め、循環を宇宙=空との交信に使用できるような装置」とでも記しておきますね。前回記事で少しご説明した通り、「赤ちゃん」が光り輝く存在として生まれ出て来るのは、七次元に一番近い精神状態を保っているからです。……その力も、物心着く(:実際に「七次元」からどんどん下の次元に降りて来て、「三次元」に到着する。←それが「物心」)頃には徐々になくなっていく事が、往々にしてありますよね。しかし赤ちゃん時代は、そちら=天上界ともしや交信しているかも?なんてね。

で「八次元世界」の象徴は「米」、つまり四方八方方向へ「均等に放射する光」の状態です。当然ですが我々肉体人間は、自ら光りを放射する事(霊的な放射はあるとしても、肉眼で見得るほどの光照射)はでき無いですよね。

なので、この八次元レベルを解釈することや理解することはできません。何しろ肉体が有するチャクラが「七次元」までしか無いのですから。それ以上(=高次)の感覚や知覚を理解する際には、それなりに高次の波動を持つ存在の手引きが必要です。つまり守護霊や指導霊のような地球の物質レベルを超えた霊的存在の牽引が必要不可欠ということになります。そういった意味合いから、私たちの手は「二本」用意されていて、上へ伸ばす手と、下へ下ろす手の、両方を使って、自分以外の「他者と心の手(=糸=意図)で繋がる」ことが可能になります。

しかし誰とも心の手を繋ごうとしない人間、もしくは上の者とばかり繋ごうとし、下へは繋ごうとしない心根の人間には、高次の存在は見向きもしてくれません。そういった意味では、“他人”が鏡。(他)人の振り見て我が振り直せとは、よく的を捉えている諺ですよね。)

 七次元的愛とは、まだ、人間的努力の産物、つまり、自らが努力して蓄積した愛を人びとにわけ与えるものです。しかし、八次元的愛になると、太陽のごとき愛、すなわち、「無尽蔵の愛」なのです。これが、慈悲です。七次元世界の愛が、まだ、対象を選ぶ、あるいは、対象によって濃淡のある愛であるのに対して、八次元住人の愛は、「公平無私の愛」だといえます。そこには、もはや人間心による差別心はありません。このように、八次元の住人は、無限の愛の供給者であるがゆえに、ほんとうの指導者たる資格をそなえた人だということができます。(確かに三次元世界でも目に見得る、そんな太陽の次元は、上述しましたが「八次元」です。しかしその他の記述は、彼お得意の出鱈目ですね。どうして?【七次元世界の愛が、まだ、対象を選ぶ、あるいは、対象によって濃淡のある愛であるのに対して、八次元住人の愛は、「公平無私の愛」だといえます。そこには、もはや人間心による差別心はありません】←だいたいこれらの根拠を、どこにも示せていない。思い付きで記している感、あるいは邪霊の傀儡感は否めません。) R5/6/7㈬23:39