シリウスから来た女part 2&0次元からの真理の仕組み&ハピわくサークル

見得ない世界で横行する事実関係の説明がつかない「スピリチュアル詐欺ビジネス」。 見た目の華やかさから足を踏み入れてしまったばっかりに、各スピ教祖の利己満妄想スピの呪縛から、本物の霊的世界の様相を知り、みんなが真心から繋がって生きていくためのサークルです。

ハピわくサークルでは、「子どもと大人が安心して支え合える地域社会」を目指しています。 ひとりとひとり、みんながみんな、お互いがそれぞれで心豊かに生きられる、そんな色とりどりな工夫をご一緒にしていきませんか?

27.シリウスから来た女part.2「宇宙の真理についての解説と魂胆について」

以下引用文(四角枠)内が「太陽の法(大川隆法著)」からの原文、赤字が私の解説等です。(以下文中の太字は、原文での傍点箇所)

[(3-33)[太陽の法:10愛の大河]…

 人間としての愛、そして、天使としての愛について、いろいろと考えてきたわけですが、こうしてみると、この三次元はもちろんのこと、四次元以降の多次元世界、高次元世界をもつらぬいて流れる愛とは、一体なんでしょうか。それは、ひとつの生命の奔流であり、滔々と流れ出してつきない、生命の水であるともいえます。実際に、霊的な目で、霊眼でもって、九次元から三次元までを眺める(←七次元から一次元までの間違い。下記参照)と、はるかなる高次元に源を発した愛の大河が、巨大なるエネルギーの川となって、九次元→ 八次元→ 七次元→ 六次元→五次元→ 四次元→ 三次元へと流れくるさまは、まさしく壮大な景観、一大パノラマです。

 愛というのは、すなわち、このようにひとつの大河なのだといえます。それは、上流から下流へと流れ出して、とどまることを知らないひとつの力であり、あらがいがたい生命の勢いなのです。愛に敵なし。実際に、この霊的な愛の大河のパノラマを見てしまうと、愛に敵するいかなるものもありえないことが、はっきりとわかります(←言っている意味もそのワケも分からん)。みなさんは、地獄というのは、天国つまり、神の世界と拮抗するだけの勢力だとお考えでしょうか。また、天国・地獄(←あれ?中黒が入っている……私の過去ログ:ダメ出し解説が効いた or 届いたのか?)と大別されるような、一大世界だとお思いでしょうか。そうではないのです。神から発した愛という名の大河は、はるかなる上流に端を発して、強烈なる勢いですべてを押し流しているのです。地獄がある四次元世界(上述大川が「自分の立ち位置は九次元」と思い込んでいた理由は、「四次元が地獄だ」と勘違いしていたからだったのか。本来「二次元以下が地獄」なので、二次元分ズレていたということだ。ようやく私が納得できた★)というのは、はるかなる下流、河口のほうであり、物質万能とか、欲望とか、迷いとか、悪という名の塩の入った海水(←アク意が入っているのは「甘み成分」の方だ。塩は浄化する物質。これもこの人:大川の勘違い……というか、「させられていた感=傀儡観」の方が強いか★)が、いかに川の水を塩化させようとしても、滔々と流れきたり、押し寄せてくる愛の大河の力には、あらがいがたいのです。以下の内容は、ほぼ「妄想界での戯言」だった。いっ時の私も、以下と同様な妄想を信じていた。

……が、ここ数年で、ようやくその妄想から目覚めることができた。

「闇の勢力」に関しては、この世という物質的環境下では、とてつもない超強力なエネルギーだったことがようやく良く分かって来たところだ。みんなの愛=心の気力が、少しでも多くの束になって結集しなければ、到底無理。現在の状態を見る限り、もう無理な予感しかしない。……実際私の方が諦めたいくらいだが、それこそ「この世の事は、この世のみんなに聞いてみなけりゃ分からない」ので、取り敢えずもうしばらく、ここで少しずつほざいてみる。いつか?「みんなのオケツに火がつくかも?」しれないし。

 愛は光です。光に勝てる闇がないように、愛に勝てる悪も、愛の大河を最後までふせぎきれる地獄もないのです。地獄は、天国に抵抗できるような勢力ではありません。それは、神のつくられた世界の一部に巣くうがん細胞であり、真水の河のなかに忍び込もうとする海水にしかほかならないのです。下線部は妄想。潮の呼吸=満ち引きする作用がもしなかったら、この世を自助浄化する上でもどうにもならない。それこそ「汚れっぱなし」だっただろう。もちろん生物は生まれないし住めない。塩は必須栄養素ミネラルの宝庫だし。塩を恨む気持ちが理解できない。以下に関しても、これまでの私の解説&ダメ出しを考慮しながら、なんとか修正してみてほしい。これ以上はもう無明なので、ダメ出しと解説は省く。

 むかしから、地獄というのは、天国と同じような大きさで、天使と悪魔が対立しているように思われてきておりますが、実際はそんなものではないのです。天国⎯⎯天上界というのは、四次元の幽界をスタートとして、はるかなる高次元にまでおよぶものです。それにひきくらべ、地獄界というのは、四次元のなかのよどみ、光のあたらないかげの部分にしか過ぎません。

 もちろん、そのよどみも相当大きく、何十億人もの地獄界人口を擁していることは確かです。太陽の光が照射されて、溶けない氷がないように、いつかは必ずなくなることになっているのです。地獄界の影響力が、過大評価されているのは、その基盤となっている霊域が、非常に地上界に近く、相互に容易に波動を受けやすくなっているからです。

 では、地獄界をつくっている要素とは、一体なんでしょうか。そこにうずまいてる要素、想念エネルギーには、つぎのようなものがあります。

 ねたみ、そねみ、怒り、愚痴、足ることを知らない心、不平不満、悲観的な心、消極的な心、優柔不断、臆病、怠惰な心、自己嫌悪、うらみ、にくしみ、のろい、情欲、自己顕示欲、利己主義、毒舌、二枚舌、躁うつ、酒乱、暴力、排他主義、うそ、いつわり、唯物主義、無神論、孤独、独裁主義、金銭欲、地位欲、名誉欲、不調和。

 これらは、すべてマイナスのエネルギーです。しかし、こうしたマイナスのエネルギーも、決して、実在のエネルギーではありません(←???)。憎悪とか、嫉妬、怒りや不平不満も、結局は、愛の不在なのです。愛のエネルギーがたりないだけなのです。

 つまりは、地獄霊といっても、天上界の光に対抗しえるような強力な存在でもなんでもなく、やはり彼らも、「愛されたい存在」なのです。悪霊たちも、ほんとうは、もっともっと愛されたいのです。いろんな人からやさしくしてもらいたいのです。彼らの本心には、「愛がほしい、もっと愛がほしい」という気持ちがあります。ですから、地獄霊とは、ほんとうは、不幸な、気の毒な、救ってあげなければならない方がたなのです。 彼らは、不幸な病人、「愛欠乏症」という病名の病人だといえます。

 私は、さらに、愛とは、まず与えることだといいました。しかし、地獄界にいるのは、つねに、与えてほしい、なにかしてほしいという人たちばかりです。結局、愛の本質がなにかを知らずに、「うばう愛」の人生を生きてきた人たちが、いま、地獄界で苦しんでいるのです。地獄界をなくすのは、いまからでもおそくはありません。どうすればいいか。つまりは、すべての人間が、愛の本質とは与えることだと悟ることです。では、あなたは、まずなにから与えてゆきますか。与える愛とは、まず「感謝する」ということからはじまっていくのです。←これでようやく一冊の半分★ 

 

 

 

シリウスから来た女」の続編part2

さて、宿題に取り掛かることに。

資料:本当の賢さは、全ての事象を自分の事として受け止め、受け入れる態度。

 これが“宇宙の真理”を自分に引き込む“心的態度”です。

 上記の文章を読み解くその前に、前回記事「第三回個人セッション資料」から、次の疑問と向き合わないと先には進めないと考える。

①【皆それぞれに言える事、自分自身と向き合わない、向き合おうとしない「魂胆」とは、「恐怖」が原因だと思えたからだった。

……何故に?『魂胆』と向き合おうとしないとダメなのか?

②【資料:「何故それが恐いのか」根本をつきとめる。

……根本を突き止めなければならない理由とは?

 

①への回答として。

辞書より:【魂胆 (名スル 〔「たましい」の意〕心中にいだいているたくらみ。また,悪巧みこみいった事情。情人。

先に宇宙の真理についての解説を試みる。

「宇宙」を全体として、地球や星々を包み込んでいる枠組みには、放射のエネルギーが存在している。それは膨張する宇宙の加速力と捉えて良い“モノ”と考えられる。それは私たちの肉眼では見えないエネルギーだが、実際には放たれる光りとして、縦横無尽に加速している状態だが、それとは相反する運動エネルギーとして、個になろうと縮む、もしくは「固まる」エネルギー、それが所謂「重力」だが、それにより、物質が成形され、星々や星雲のような物質化現象が起きている。

「宇宙の真理」とは、地球の「固まろうとするエネルギー」と、相反するエネルギー、つまり「重力から脱却しようとする光エネルギー」という事になる。

そして、その「重力に反するエネルギー」を「光り」と捉え、それを「宇宙の真理」というエネルギーとして呼んでいたつもりだった。長々と説明が要る話なのに、割愛していて申し訳ない。

そして更に、自分に引き込む“心的態度”と繋いだ言葉の意味は、そのままの意味で捉えてもらって結構だ。要は、引き込まないで生きている人がたくさん居るという話だ。

誰か「そんなことを言われても、真理の光を引き込む方法なんか知らないんだよ!!」と怒られそうだが、それは「この世で楽しようとする生き方」の“反対”をすれば、なんとなく理解できそうな問題なのだ。

……ここまで来ると、【①何故に?『魂胆』と向き合おうとしないとダメなのか?】←これも分かって来そうな感じがするだろう。

 

②について。

【「何故それが恐いのか」根本をつきとめる。】←元々「楽したい」のに、楽できないと分かったら……それ=楽しない方法を知る事自体が「恐怖」だということも理解できるのではないだろうか。

【……根本を突き止めなければならない理由とは?】←こんな作業、普通に楽したいだけで生きている人間にとって、嫌に決まっているでしょ??という話だ。以上 R5/7/11㈫23:17